もみじろぐ

とある男の、心のほんの一部

ポジティブを嫌煙する自分

心が狭くて、みみっちくて、醜い人間だと思う。

僕はポジティブを強いられると、そのことがストレスに感じてしまう。
でもきっとそのこと自体がネガティブを肯定している証で、そんな自分が嫌で、かといって自分を外側から曲げられるのも嫌で、ほんと、何もかも嫌になる。


ポジティブを語る心理学の講義を受けつつ、僕の心の中にはいつも反抗心がうずいている。

なんで、明るいものを素直に受け取れないんだろう。なんで疑って、斜に構えて、毛嫌いしているんだろう。


それは多分自分が好きすぎるせいだと思う。

自分のことは嫌いだ、でも、自分を外側から変えようとする圧力はもっと嫌いだ。
ずっと圧力をかけられてきたから。あるいはそういう悲劇の自分をずっと演じてきたから。
正しいことでも、いや、正しいことだからこそ、押し付けられるのが不快なんだ。


たぶん僕には「ポジティブであれ」という教えも、'自分を外側から変えようとする圧力'に聞こえてしまうのだろう。



いい加減、'今の自分が嫌い、だけど自分を変えたくない'という右を見つつ左を見るような幻想を諦めたい。



何もかもがだるくて、何もかもがめんどくさい。

うだるような暑さで、脳が溶けているんだと思う。