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メープルたいむ

甘ったるくゆったり読める雑記を目指してます。どうぞ「メープル」な一時を。

辛すぎて実家を飛び出して来ちゃいました

今回はちょっとした日記な気分で赤裸々なお話をします。だからちょっとまとまりは悪いかもしれないや、ごめんね。
 
 
いろんな事情が重なり、家がとても居づらい場所だった。小6で母を亡くした。中学から六年間、玄関から入って台所、居間、布団を敷いて寝る部屋の3つしかない空間で父方の祖父母と暮らす。居間の一角の机と本棚が俺のスペース。当然、自室はなく一人になれる場所はトイレだけ。実のところ、狭さにも慣れてしまってそれほど苦しくなかった。この前までは。
 
ついこないだのことなのによく思い出せない。でもなんかいろいろ言われるのが疲れたんだと思う。心配性な爺ちゃん婆ちゃんだから、いろいろ伝えなきゃって思って、言いすぎちゃうんだろう。期待してくれているんだよね、知ってるよ。受験で疲れきってたのもあるかな。
 
「昔からおかしな子だと思ってた」
「内向的だから自分の意見が言えない」
「両親の影響で学者目線で偉そうだ」
「一体いくらお金出してもらったと思ってる」
 
今までだって何回も言われた言葉がやたらグサグサきた
 
とどめに「でもしょうがないよね、浪人しても頑張らなかったんだから」
 
はぁーやめてよ、そんなわかりきったこと言うの
 
 
とりあえずなんか苦しくなってトイレに逃げ込んで、少し涙をこぼした。浪人してからなんか涙もろくなったんじゃねえの、俺。気持ちを落ち着けるのには少しかかった。
 
トイレから出た途端、予想してない攻撃が飛んできた
 
「あんたそういう情けないのやめてよ、男だろ。」
 
え、
 
「泣きたいならトイレじゃなくてここで泣けばいいだろ」
 
いやいや、一人になりたいときってのがありましてね
 
「狭いこと今になって文句言ってんじゃないよ、言いたいこと我慢してんのはあんただけじゃないんだよ」
 
いや、わかってるって、だからちょっと一人に…
 
「しょうがないだろ、狭いんだから、昔ならね、みんな我慢してたの」
 
出た、お得意の昔話
 
あーもう、なんか涙ボロボロ出るじゃん
 
 
まあそんなこんなで、あぁこの家出たいなって思っちゃった。「泣ける場所もないのか、ここは」って。一度そう思ったら、もう戻れなくなった。今までだって喧嘩して後味悪く終わって、でもこんなに悲しくならなかった。なんでかな。
 
大学に近い寮がいいな。食事ついてるし。家具もある程度ついてるし。一人は寂しいかな、でも今よりはいいよね。寮に入るのは親の許可いるよね、てかお金もそれなりにかかるし。
 
親父はなかなか折れなかった。自分で稼ぐから、と言っても駄目だった。単位を落とすからバイトにも否定的な感じだった。
 
さて、万策尽きた俺はどうしたと思う?
 
我ながら下衆というか幼稚な手段をとった。ありったけの憎悪をぶつけたんだ。これまでは、皮肉を飛ばすことはあったけど、正面切って反抗したりしなかった。つもり。
 
「嫌いだ」「大嫌い」「顔も見たくない」「消えちゃえ」「解放しろ」「こんな家族ごめんだ」
 
子供が親に言っちゃいけない言葉だよね、これ。きっとこれまでになく傷ついただろうなぁ。俺だったら耐えられない。ごめんなさい、とうとう最大級の言葉の暴力をふるっちゃった。
 
ためらいは、あったよ。
 
 
 
結果的には許可は降り、費用も出してくれることになった。親父はどんな気持ちで折れたんだろう。やっぱり痛かったよね。
 
母がこの場にいたら何を言ったかな。どっちの味方についたかな。それとも仲を取り持ってくれたかな。最近よく考えちゃうんだよね。
 
 
 
まぁいいや。俺のわがままは通してもらえたんだ。前向きにならなきゃ。てかこれから大学生になれるってのになんでこうテンション低いかなぁ。これから楽しくなるとこじゃないか。
 
入りたかった寮は満室だったけど、他のとこ紹介してもらえたし、贅沢言えない。ここまで来て引き返せるわけもない。
 
さあ、切り替え切り替え。ウジウジし過ぎだよ。だから女々しいとか言われるんだ
 
 
 
はあ、なんでわざわざ辛い記憶呼び覚ましたんだろう、すぐ忘れちゃえば楽なのに。でも、なんていうのかな、こうやってもやもやして苦しんだことをいつか忘れちゃうことが怖いんだ。忘れて、同じように苦しんでる人を雑に扱いそうで怖い。だから後で振り返れるように記録しなきゃって思う。
 
そういえば、誰かに「そうやって振り返って、後ろばかりみてるから歩みがのろくなるんじゃない?」って言われたなぁ。俺は相変わらずのろまやってるよ。
 
 
 
 
 
次へ続く↓